映画『聲の形』を観た感想!ストーリーなどネタバレ注意

Netflixでアニメ映画『聲の形(こえのかたち)』が登場したので、早速観てみました。

もともと漫画の方で見ていたので、ストーリー的には分かっていました。

原作のいじめの表現のえげつなさは話題になりましたね。

そして今回映画で観てみた感想は、正直、今回もドぎつかったです(T_T)

小学生であるがゆえの悪意なきいじめ、それぞれが抱える苦悩、自分(主人公)が楽しく生きることを許さない過去。

など、単純にキュンキュンする恋愛ラブストーリーを観たいと思っている人にはあまりおすすめできません。

『いじめ』というデリケートな問題に関しては、賛否両論があるため、この映画の内容に関して納得いかない人もいると思いますし、終わりよければ良い、という人もいますので、今回僕がこの聲の形を観た感想については、一個人が映画を見た感想を素直に述べているだけ、というように捉えていただければ幸いです。

それでは、映画を観た感想と、キャラクター紹介、ストーリー(ネタバレあり)など様々な情報を交えお話させていただきます(^^)

あらすじ

小学生の頃、クラスの中でも明るく元気な少年だった石田 将也(いしだ しょうや)。いつも友達とつるみ毎日を謳歌していた。そんなとき、クラスに一人の転校生がやってくる。

転校生の西宮 硝子(にしみや しょうこ)は、生まれつき耳がほとんど聞こえない。最初はクラスの女子、植野 直花(うえの なおか)や川井 みき(かわい みき)らと筆談を通して仲良くしていた。

しかし、だんだんと筆談や西宮硝子の行動に煩わしさを感じ始め、距離を置くようになる。石田 将也が西宮硝子に対して悪ふざけを行うようになり、それがエスカレートして、”いじめ”となっていく。

硝子と仲良くしていた佐原 みよこ(さはら みよこ)も、一緒にいるということで目をつけられいじめの対象とされてしまう。そして佐原はいつしか学校にこなくなってしまう。

あるとき、クラスで硝子に対してのいじめが問題に上がり、石田がいじめの主犯格として吊るし上げられる。それから徐々にいじめのターゲットが石田へと移り変わり、いつしか硝子に対して行っていたいじめを自分が受けるようになる。

時が経ち、高校生へと成長した石田は、すっかりクラスでは大人しい男子となっていた。一度自ら命を絶とうとするが、母に咎められ思いとどまる。

小学生の頃に”いじめていた”硝子の元へ行き、自分と友達になってほしいと申し出る。

そこから、石田と硝子の物語が始まる。

作品情報

公開日/2016年9月17日

原作/大今 良時(おおいま よしとき)

監督/山田 尚子(やまだ なおこ)

制作/京都アニメーション

主題歌/aiko「恋をしたのは」

ストーリー(ネタバレ)

ここからは、ネタバレを含んだ感想になります。これから観ようとしている人はここは飛ばしてしまってください。

西宮さんと友達になろうとする石田ですが、彼は純粋な気持ちで友達になりたいわけではありません。過去の自分の行いの贖罪や、罪悪感、そういった気持から友達になろうとするわけです。

しかし、そういった感情を知ってか知らずか、西宮さん自身は石田に惹かれるようになります。小学生だった頃の石田とは一転、西宮さんに対してたくさんの優しさを見せます。

高校生になった石田が、西宮さんに会いに行き、昔使っていた筆談ノートを返しますが、そのノートは”いじめ”られていた過去を思い出す、嫌な過去がぎっしりと詰まったノートです。

石田は、過去の過ちを西宮さんに優しくすることで償っていけると考えていたのか、頻繁に西宮さんに会いに行くようになります。

ただ、最初は西宮さんの妹(登場当初は男のフリ、そして西宮さんの彼氏のフリをしている)に拒まれます。

西宮さんの妹、西宮 結絃(にしみや ゆづる)は、自分の姉がいじめられていたことを知っていて、大好きな姉を守るために男のような振る舞いをしています。

石田のクラスメートでひょんなことから仲良くなった、永束 友宏(ながつか ともひろ)と行動の大半を共にするようになる。永束本人は、石田をビッグフレンド(親友)と呼び、親しげにしてくれている。

石田自身は、過去の行いや、昔の友達の裏切りなどで、他人との距離をとっているため、心を中々開くことができなかった。

西宮さんの妹、結弦はよく石田の元を訪れるようになり、姉の友達としては一応は認めている模様。

しかし、西宮さんの母、西宮 八重子(にしみや やえこ)は、石田のことが好きではない。結弦が石田と出会って間もない頃、結弦が家出したときに保護して家まで送っていくと、なんと突然ビンタされてしまう。

確かに、いじめていた張本人が、どんな形にせよいじめられていた娘にまた関わりを持つことは気持ちが良いものではありませんね^^;

石田が西宮さんに、今連絡先を知りたい人はいるか、と聞くと、小学校の頃一緒にいた、『佐原 みよこ』さんの連絡先が知りたいと答える。

そこで、過去に石田は彼女に対して行ったことも思い出し、意を決して会いに行く。そこで西宮さんも共にすることになり、佐原さんと再会を果たす。

久々に会った彼女は、あの時のことを後悔していた。自分が学校に行かなくなることで西宮さんはどんな目にあっているのか、それが気がかりで仕方なかったという。

現在は女子のいじめの代表格であった植野 直花(うえの なおか)と同じ高校に通っている。植野に対しては、やはりまだ過去にことがひっかかっており、未だ染み付いた恐怖心を拭えないでいる(しかし、その一方で植野のセンスに関しては一目置いている)

ある時クラスメートである、真柴 智(ましば さとし)と、小学校の頃、植野と一緒にいて、今でも石田のクラスメートの川井 みき、そして永束と西宮さんと結弦、佐原さん、植野とで遊園地で遊ぶことになる。

そこで、植野の行動により石田は過去のトラウマを思い出すことになる。

その後、川井さんの発言により、段々と不穏な空気になってしまい。追い詰められた石田は、関係が回復してきた友達や、新しくできた友達に辛くあたってしまう。

また一人になってしまった石田に対して西宮さんは、こうなってしまった原因は自分にあると思いこんでしまう。

明るく振る舞う石田に、西宮さんの辛さは余計に増していき、花火大会の日、石田と一緒に花火を見ていたが、途中で家に帰ってしまう。

結弦にカメラを取ってきてくれ、と頼まれ、西宮さんの家に上がると、ベランダには飛び降りようとする西宮さんの姿があった。

西宮さんが飛び降りた瞬間、間一髪で手を掴むことができた石田だが、西宮さんを引っ張り上げた勢いで代わりに石田が、下へ落ちてしまう。

その後意識不明で入院することになる石田。ここで本来は原作だと、登場キャラたちの思いや、過去、問題などに触れていくことになるが、映画ではここは描写されていない。

こうなった原因を西宮だとして西宮さんを攻める植野、娘を助けたことで、意識不明となってしまったいじめっ子だった石田の母に対して、責任を感じて土下座をする西宮さんの母。

ある夜、石田がいなくなってしまう夢を見た西宮さんは、家を飛び出し、いつも石田と一緒に鯉に餌を与えていた橋まで走り、今まで抑えていた感情が爆発して泣いてしまう。

その頃、石田は、西宮さんと仲良く喋る夢を見て目を覚ます。そして、あの時いじめたことを謝っていないことを思い出す。

石田も混乱した意識の中で、西宮さんがどうなったかを確かめるため、西宮さんの家まで病室を飛び出し走りだす。

そして、橋の上で再開した石田は、過去に西宮さんに対して行ったいじめに対して謝罪し、「———君に、生きるのを手伝ってほしい——–」と告げる。

その後、自分が入院中友達がどういった思いでいたか、そしてどう思っているかを知り、自分が閉ざしてきた周りとの壁をなくす。その瞬間、石田の様々な思いが一気に溢れ出て、石田は涙を流してしまう。

映画の物語はここで終わります。

映画を観た感想

実際に映像作品で、いじめのシーンというのは心に来るものがあります。その生々しさは、今思い返せば原作の方話数を使っているためえげつないですが、映画でもしっかりと描写されているため、観ているこちらは思わず画面の向こうにいじめているやつらを殴りに行きたくなる気持ちに駆られるます。

クラスのいじめは個々の問題でもありますが、クラスを監督する先生という立場の人間にも責任をあります、しかし、このクラスの先生は、そういった問題を見て見ぬふりするひどい教師です。

国語の授業で朗読を耳の聞こえない西宮さんにさせ、クラスが笑い包まれている中先生まで一緒になってクスっと笑っていたり、いじめの問題がクラスで取り上げられたときも、自分のことは棚にあげ、「石田!お前だろ!」と突然全責任を石田になすりつけます。

先生の酷さは、原作の方がにじみ出ている気がしました。

まぁあくまで焦点は子どもたちなので、映画に先生のことまで突っ込んでくると映画の時間では足りませんからね。

しかし、この嫌な先生に対して原作にはスカッとするお話もあるので、原作はぜひ読んでいただきたいところ!

聲の形のような生々しいいじめの描写を見ていると、自分の学校でもこういったことがあったな、という過去の記憶がフラッシュバックし、そのときいじめられていた人の気持を考えるといたたまれない気持ちになります。

実際に映画を見る人間が、学生の頃にどういった立場だったのかによって、この映画の評価というか、見え方が変わる作品だなと感じました。

いじめられた側にすれば、一生消えることのない心の傷になりますし、いじめた側とラブストーリーなんてありえない!と感じる人が多いはずです。

いじめたり、いじめられていない人が観れば、自分はいじめられている人を助けることができなかった。あの時何かできたんじゃないか、と考えさせられたりします。

聲の形を見ている側は、登場キャラクターの誰かに思わず感情移入してしまうのではないでしょうか。それぞれのキャラクターは、人間性が溢れていて、こういう人クラスにいたな~って気持ちになります。

原作には、映画にはえげつなさや、面白い部分などたくさんあるので、ぜひ原作も見てみてください(^^)

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です